私とアイドルアニメ・友達と"了解"し合いたい話

母に「そういえば、私は恋愛ドラマ見て、あぁ〜その恋の最初のウキウキした感じ分かるなぁ〜とか思ってニヤニヤしたり、彼氏と別れてすごい泣いたりとか不安になる気持ちとか、その恋愛に関して心から共感して号泣することがあるんだけど、あなたはあるの?恋愛ドラマとかみて理解するんじゃなくて心から共感したり泣いたりしたこと」って言われて考えてみた。

よく考えると、昔から好きで見返すようなドラマはHERO、コードブルー、MIU404などで、恋愛ドラマは1つも無かった。逃げ恥は何度も見返したドラマではあるけど、あれは恋愛以外にも性的役割分業やマイノリティの生き方など社会問題にリーチしたり、みくりと叔母のシスターフッドも十分にあったりしたところが好きだったから、母の言うような完全に"恋愛"が主題でその2人の話ばっかりやるようなドラマやアニメを好きになったことは無かったな。恋愛ドラマを見て号泣したことも無い。ハイスクールミュージカルのトロイとガブリエラの恋愛的シーンも心から共感したことは1度も無いし、ハートストッパーの、ニックとチャーリーが見つめあってビリビリしたり、エルとタオが美術館でどちらからともなくキスしちゃったりするのに心から共感はしてないな、とも思った。恋愛やセックスの描写に忌避感があるということではないし、全然いいんだけど、野次馬的にキャーキャー言ったり、「あ、そうですか〜よかったね〜」って思ったりするだけで、心から共感したり自分と重ね合わせて気持ちが揺さぶられることはないなと思う。(Aro/Aceの人の中にも恋愛・性愛コンテンツを楽しむ人はいるということは説明したよ あくまで"私"の場合の話でしかないからね)

 

私がラブライブ!アイカツが好きな理由は、アイドルの"恋愛禁止"要素があるおかげでストレスフリーに見れているからという面がある、とも発見した。私は、現実に存在するアイドルに向けられる暗黙のルール的な恋愛禁止にはむしろ反対していて、アイドルたちは労働時間・業務外では一般人同様に自由に暮らす権利が存在しているべきだし、私はアイドルとオタク(私)の関係の基盤が労働者と消費者であるということを見失いたくないと常に思っているに加え、アイドルであることと恋愛していることは両立可能だと思っている。だけど、アニメという2次元(生身の人間を対象としないということ)において、その"恋愛禁止"的側面がAro/Aceである私にとって物語を究極に近くストレスフリーなものにしているということは、少しは肯定的に評価してもいいんじゃないかと思った。

アイドルアニメにおいて歌われる歌たちも、3次元のアイドルたちがよく歌うものに比べて、まず恋愛ではないテーマ、例えば「成長」「仲間との絆」「ハッピーな生き方」「夢の実現」などが圧倒的に多く、恋愛のことを歌っていても、3次元のアイドルほど恋愛について掘り下げて細かい描写がされている歌が少ないように感じている。それも、私がアイドルアニメ音楽が昔から好きな理由の一つなのかもな、と思った。

 

あと1週間くらいで、今付き合っている人と別れるつもりだ。きっと別れたら色んな人から、「なんで別れたの?」「もったいないよ〜」などと言われると思う。どんなに仲のいい友達に対しても、「やっぱ1人でいるのが楽しくて〜笑」以外の回答を出来ない気がしている。

「1人でいるのが楽しい」は全く嘘では無い。嘘では無いんだけど、私が今付き合っている人と別れる理由は簡潔に言ってしまえば、"私がアロマンティックだと分かって、このまま付き合い続けるのは不可能だと考えたから"で、「一人でいるのが楽しい」はこの100分の1くらいの要素でしかないんだよね。でも、せめて高校のマブ2人には100を伝えたいと思う。

思うものの、異性愛規範とロマンティックイデオロギーにどっぷり浸かってシスヘテロとして生きている人にとって、私の感情や考えは理解しにくいだろうなと思ってしまう。伝える前から諦めるのも、どうせ無理だろうと思うのもよくないことで、そう思ってる訳じゃないと言いたいところだけど、やっぱり無理だろうと思ってしまう。悔しいけど。完全に理解してほしい訳じゃない、だって私もヘテロの人の恋愛に関する感情や他者に性的な欲求を抱く感覚を完全に理解することは到底不可能だと思うから。でもなんかこう、上手く言えないけど、「あ〜OKそういう感じなんだね」って"了解"してほしいし、したいと思う。そうすればそこから痛みを想像したり分かちあったりできそうだし、より大事にできそうじゃない?大事にしたいもん。

ただ、違う互いを"了解"する為にはきっと沢山の対話が必要だろうけど、人と沢山話すことを全ての人が得意な訳じゃないんだよな。私は、好きな人たち、大事にしたい人たちとの対話は惜しみたくないし、人と沢山話して聞くことで得られるその人との歴史に価値を感じているし、対話から逃げない覚悟みたいなものもけっこうある。でも往々にそうじゃない人っていうのもある意味当然仕方なくいて、友達がそうじゃない人だった時、"了解"まで行くのは難しいかもしれないな、と思う。別に全員が対話に大きな価値を見出してそれをし続けるべきなんて思ってないし、どっちが優れてる劣ってるってことも無いんだよ。ただどんな形であれ好きな人たちとは互いを"了解"する努力をしていきたいと私は思うけど、その難しさを同時に感じているという話がしたくてさ........言葉にするのめちゃくちゃ難しいな〜〜〜

でも、「一人でいるのがやっぱ楽しくて笑 私には合ってなかったわ〜」が恋愛という波に乗れなかった負け犬の遠吠えのように思われるのもそれはそれで嫌で悔しいんだよ。あとは「強い女だもんね〜」みたいに言われるのも。「強い女」はもちろん好きですが、私の話は「強い女になりたいかどうか」じゃないのに!!と思っちゃう。人間生活難し〜〜〜🏳️‍🌈